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  逢魔ヶ刻

 というのは、こういう刻限を言うのですかね。

[写るんです400(たぶん)]
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  (どこかへ、繋がっているかのよう)

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   まとまりもなく、思ったことなのですが、
  日常の‘当たり前の事’(常識や基準、他)が「宗教など」で支えられ構成されていた時代、
  この景色は人知の及ばない存在を肯定できるだけの、十分な説得力を持つ光景だったのでしょうね。
  まぁ現在、常識として我々を包んでいる「科学」だって、
  皆で‘そういうことにしよう’と納得してるだけ、だったりするかも知れません。500年後くらいから見れば。
  でもその時代にとっては、紛れもない現実なわけで・・・。

   前に読んだ本で、生まれつき目の見えない人が医療技術により視力を得た話しがありました。
  その人は目が見えるようになった当初、様々な色や光の強弱を感じるだけだったそうです。
  そしてその色の一つが、会話などにより今まで自分を育ててくれた親のことだとわかると、
  ‘色’ではなく‘人間’として見えるようになったそうです。
  入ってくる情報を、脳の中で関連づけできなかった為、一つの‘像’として結べなかったのでしょうね。
   だから私たちも200年前の人達と同じ景色や物事を眺めたとしても、
  ‘見える’ものは違うのかもしれません。身をおいてる集団の‘信じるもの’が違うのですから、
  当然、‘見える(存在すると思う)’ものもずれてくるのだろうなー、と。
 
   なんてことを、この景色を見ながらぼーっと考えたりしました。
  高校出て浪人してた頃、予備校の帰り道で偶然撮った写真だから、8年位前かな?
  内田百閒のサラサーテの盤とかを読んだあとだったから影響されてたのかも。
  
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  まぁ、こんなこと考えてたから、大学落ちたんでしょうが(^^;
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by hammock_life | 2006-09-21 22:31 | 出来事